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ある日、突然家族が崩壊した。


期間限定で無料プレゼント中のAmazonランキング1位本「僕の辞書から就職が消えた日」著者のちゃんこまです。

初めまして。

当ブログの管理人、ちゃんこまと申します。

このページに訪れた方の大半は、僕の事を知らないかと思います。

現在僕はひょんな事から、ネットで起業をしパソコン1台で生活すると言う、少し変わった生活をしています。

当時、起業するなんて気もサラサラなかったし、ただ単に労働に走り疲れていただけ。

そんな毎日から抜け出したかったから、起業しただけでした。

大半の人は、労働、社会、就職、勤務。

国民に課せられた、これらの義務から逃げ出す事を「異端児」と呼ぶ事でしょう。

以前であれば、働かない=ニートや親のすねかじり。

そんな風に呼ばれ、社会からのはじき物とされる所が、2ヶ月目には23万円、3ヶ月目では累計100万円の報酬、そして現在ではサラリーマン時代の給料の2倍以上をパソコンたった1台でコンスタントに稼ぎ、これまでたった1人でも累計数百万円単位を売り上げています。

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このブログは、会社の為に働くのではなく、「自分の為に働く」。

「雇われることなく自由に生きたい」と願う方の為に、役に立つコンテンツや手法をまとめようと立ち上げたものでした。

特に偉くなりたい訳じゃない。

地位や名誉が欲しい訳じゃない。

素直に心の声を吐き出すと、働きたく無いから起業したまででした。

起業や会社経営と聞くと、夜の街に毎日繰り出し、ゴージャスなパーティーを楽しむ、豪勢な生活を想像をする人も多く居ます。

そんな生活を望んでいた訳じゃなく、周りの友人達、兄弟や家族、そんなごく少数の人達と楽しい時間を過ごしたい。

そして何より、自分自身を殺す事無く、楽しく生きて行きたいからこそ、起業すると言う道を選んだまででした。

ここまで来ると、多くの人が「何か特別な才能があったんだろう」

そんな風に言い連ねます。

いえ。全くそんなことはなかったときっぱり伝えておきたい。

むしろ全く逆で、僕の家族はある日突然崩壊したところから始まりました。

映画に出てくるほどの壮絶な人生を歩んだわけじゃありませんが、「成功までのプロセス」をみること、観察することが、成功する為の1つのキーパーソンになることは間違いありません。

豪語するほど「僕は成功者だ」と名乗るつもりはもうとうにありませんが、それでも「会社に依存する状態」から完璧に脱却した身として、これから雇われずに生きたいと願う方には、新たな気付きが得られると思いますので、僕がどんな軌跡をだどって来たのか、お伝えしたいと思います。

路頭にさまようちっぽけな家族4人

大学生だった当時、突如として家庭が壊れました。

4つ離れた兄と両親との4人家族。

美容院を営む両親とは、極上に贅沢は出来ない物の、最低限の生活が出来る環境でした。

母親、父親ともに自営業のため、帰りが遅く、僕が小学生の頃にはインスタントラーメンを潰して、スナック菓子の様に食べ、飢えをしのいでいた事もあります。

ただ、かあちゃんが帰ってくれば、暖かいご飯は待っているし、総菜とはいえ自分の事を思ってご飯を用意してくれている母親を、恨む事は無く、小さな事を幸せに感じられる幼少期でした。

特に旅行や家族サービスとは無縁な家庭でしたが、特段贅沢をしたい性格でもなければ、高級料理の味も分からないほどのバカ舌なので、かあちゃんが作る豚汁が一番の好物。

物心つく頃には、皆おしゃれにも気を使いますが、実家が美容院と言う事で、いち早く髪型を変えられる事に、ものすごくアイデンティティを持っていました。

小学生にしては、少しませている子供だったと思います。

そんな生活から一変。

大学生だった当時、母親から衝撃の事実を突きつけられます。

「お店を潰さなければ行けないから、今住んでいる家を出て行かないと行けない」

この一言を、うっすらと涙を浮かべたかあちゃんの口から聞いた瞬間に、僕の頭は真っ白になりました。

確かに大学に入学する前、どこかに電話している姿を見た気がしていた。

それはただ単に世間話をしているだけだと思っていた。

でも、それは僕の大学に入学する為の入学金を用意する為に、親戚中に頼み込んでいた電話だった事を、その時に始めて分かりました。

確かに大学への入学が迫っていたある日、かあちゃんが大量の袋を自転車の前カゴに入れて、どこかへ行っていたのを見た。

それはただ単に、どこかへゴミを捨てて行くだけだと思っていた。

でも、それはおしゃれが好きだったかあちゃんの洋服を、致し方なくリサイクルショップへ売りに行く姿だったと言う事を、その時に始めて悟りました。

贅沢は望んでいないけれど、仲睦まじく過ごす家族が誇らしかった。

そんな家族との間が、これまで通りずっと続くと思っていた、幼稚な僕は、家族が崩壊するという間近になって、初めてその異変に気付きました。

小学生の頃、両親の美容院でシャンプーをしてもらい、気持ちよくて寝てしまった事。

母におまかせで切ってもらった髪型が、クラスで褒められて、その事を鼻高々に自慢した事。

前髪を切り過ぎて、子供だった僕が、親に文句を垂らしてしまった事。

僕達家族に取って、この美容院は全ての想い出の大木でした。

その美容院が無くなると言う事は、それほど僕たち家族に取っては、堪え難い物で、受け入れがたい物でした。

そこからは、あまりに衝撃的な出来事だったのか、あまり記憶が無く早くに時が過ぎ去った事だけを覚えています。

持ち家を売り、新しく僕たちが住む家を探し、両親は50歳を超えて再就職。

なかなか決まらない母親は思い詰め、リビングから怒鳴り声が聞こえる日々。

責任を感じた父親の背中がどんどん丸まって行き、以前の家族の姿は既に影さえ見えなくなりました。

当然そのまま、大学を続ける事が出来ないと悟った僕は、すぐに大学を中退。

退学届けをもらいに、ゼミの先生に許可証をもらい、退学届けを学校に提出しました。

大学生にもなって、泣いてなんか居られない。

今、一番大変なのは、家族だ。

そんな想いから、少しでも家族の助けに成れる様に就職すると言う道を選びました。

ドラゴンボールのスーパーサイヤ人3に憧れていた小さい頃。

いつかはヒーローに成れると信じて疑わなかった。

でも、年を取るごとに、ヒーローにはなれないと悟った。

地球を救うヒーローになれなくても良いから、小さなこの家族だけは救いたい。

少しでも力になりたい。

そう思って就職という道を歩み始めました。

過酷な労働監獄

しかし、そこで待っていたのは理想と現実とがあまりにもかけ離れた労働環境でした。

14時間労働は当たり前。

仕事が終わり、自宅に直帰しても0時を超え、全く自分の時間が無い日々。

名前を呼ばれる事無く、着用したビブス番号で呼ばれる工場作業員。

帰る事もままならず、その日中を縛り付けるの悪魔の出張。

電車に乗れば乗るほど、自分でも分かるほどに目が腐って行く。

これが労働の日々の毎日でした。

ある営業職に就いていた時。

飛び込みで営業する日々を重ねていました。

当然、いきなり家に訪問されるお客さんからすれば、僕たち営業マンは招かれざる客。

インターフォンをならし、会社から支給されたマニュアル通りに話を進めようとすると、「邪魔なんだよ」「帰れくそガキ」「必要ねぇんだよ」

そんな罵詈雑言が飛んできました。

別に無理矢理、何かを買ってほしい訳じゃない。

仮に営業マンとして、お客さんに少しでも役に立てる事があるかもしれないから、訪問しただけ。

でもそんな事はお客さんにはおかまい無しの様で、何度も何度もインターフォン越しに、心を壊されて行きました。

そして契約を取って来れずに会社に帰ると、上司や会社内からのいびつな文句が飛んでくる。

休みたくても、止まりたくても止まれない事は分かっていたので、それでもなんとか歩を進めました。

履いていた靴は3ヶ月もたたずに、底に穴が空き、水が靴下を浸水する様になります。

歩き回るため、肩からぶら下げる様に持っていたカバンも、資料の多さから肩掛けの紐がちぎれ、資料が道路へと投げ出される事も何度もありました。

その都度、紐を買い替え、怒号飛び交うお客さんの元へ行かなければいけない日々。

この頃になると、もう小さい頃になりたかった小さなヒーローの夢やら、小さい頃思い描いていた大人の理想像とは遥かに遠く、「今日何時に寝れるんだろう」と言う事を考えるしか余裕が無い日々でした。

ある日の仕事帰り。

いつも通りリビングへ行くと、かあちゃんから「仕事は大変?」と聞かれました。

スポーツマンでわりかしがっちりな体系の僕が、体重は10キロ以上やせ、目に見えるほどに疲れ切った息子を心配して出て来た言葉だったと思います。

だけど、今一番大変なのはかあちゃんなはず。

心配なんか掛けられない。

そんな想いから「大丈夫だよ」となんとか小さく微笑みました。

でも一番近くで見て来た母親には、息子の変化は手に取る様に分かるんでしょう。

「家の事は心配しないでね。無理しなくて良いんだよ」

そんな言葉が返って来ました。

その言葉が、乾いた雑巾に水をしみ込ませるが如く、僕の乾いた心にすーっと入って来て、何かが弾けそうなほど、胸が痛くなったのを覚えています。

ほんの一時間だけでも自分の時間が持てたらどれだけ贅沢な事だろう。

休みが1日増えれば、どれだけ自分の好きな事が出来るだろう。

上司の言う事を聞かなくても良い日々がくれば、どれだけ精神的に楽になるだろう。

自分の人生、好きな事が出来たら何をしたいんだろう。

そんな事を考えている時に、サラリーマンでも出来る副業を探し始めました。

全ては労働地獄から解放されたくて、自由になりたくて。

これがネットでのビジネスを見つけたきっかけでした。

最初は、自分のパソコンすら持っていない状態だったので、右も左も分からない状態でしたが、何より自分らしい人生、自由のある人生を歩みたいという強い気持ちがあったので、会社から帰って来た数時間を使い、必至に勉強しながら取り組みました。

「本当に稼げるんだろうか」

何も実感や自身がない中、それでも無我夢中に取り組んでいると、予想とは裏腹に初月で9万円ほど稼ぐ事が出来ました。

当時サラリーマンからの給料は16万円。

サラリーマンの給料の半分以上をネットからの副業で稼ぐ事が出来、その当時有頂天に上りました。

ただ、まさかそんなに上手く続くはずが無い。

そんな不安を抱いていましたが、予想とは裏腹に、2ヶ月目に23万円稼ぐ事に成功しました。

この時点で、サラリーマン当時の給料を超えてしまってあぜんとする事に。

多少の不安を抱きながらも、報酬額は下がる事無く続く3ヶ月目には累計売り上げ100万円を突破。

小さく始めたネットでのビジネスが、本業の報酬を上回ってしまいました。

好きでもない事を8時間続け、月30万円もらう人生。

楽しい事だけを好きなだけ続けられ、月10万円もらう人生。

どちらがいい?

こんな質問を、学生のときの進路相談でされた事を、この時思い出しました。

家庭の事情から否が応に、就職せざるを得なくなって。

でも必至に取り組んでも労働環境はどの職場でも変わらなくって。

そんな最中、労働から逃げる為に始めた副業から、両方を手に入れてしまっていた事に気付きました。

そこからは無理に雇われる必要もなく、自分1人、個人で稼げる様になったので、会社は辞め自由に生きる決断をしました。

独立したからと言って、以前の会社員の様に、あくせく働く事で自分を殺したくは無いので、無理に売り上げを上げる事はせず、のらりくらり自分の好きな事をしながら稼ぐライフスタイルを変えるつもりはありません。

夜の飲屋街に繰り出し、派手なパーティーをしたいと言う欲求も無ければ、高級フレンチ料理を食べたいと言う欲もありません。

本当に自分が求めていたもの

これは会社を辞めてから気づいた事ですが、ただ単に僕が欲しかったのは、全てに対してノーと言える権利だったんです。

上司からの無理矢理な命令に歯向かえるノーを。

お客から浴びせられる罵詈雑言にノーを。

体調が悪くても出社しないと行けない会社にノーを。

自分の好きじゃない事はやらないと言えるノーを。

自分の人生に主導権を持つ為に、ノーと言える権利があれば、それだけで良かったんです。

だから、少し作業時間を増やせば、今よりも何倍も稼げますが、無理をしてまで、お金を稼ごうとは思わないし、それでもサラリーマン当時の2倍以上の給料を稼げているので、十分すぎるほどのライフスタイルを送り続けています。

それが僕自身に取って独立した一番の理由ですから。

それから何年もたち、会社員だったころとは、全く違うライフスタイルを歩む様になりました。

サラリーマンだったころは、毎朝6時に起き、シャワーを浴び、無理やり体を起こしていたのが、毎日12時頃に起きヒルナンデスを見ながら、コーヒーを飲む事で朝が始まります。

満員電車に押し込まれ、個性も何も無い人ごみに飲まれていたサラリーマン時代から、もう何年も電車に乗る事は無くなりました。

無意味な会議も出る必要は無く、いびる上司と顔を合わせる必要もありません。

疲れた時には眠るし、楽しそうな事があれば、そちらを何よりも優先します。

僕は8時間寝ないと日中に、眠くなって仕方が無いので、今では必ず8時間以上の睡眠を取ります。まぁそれでも、12時頃にいつも起きるので、寝るのは深夜4時頃ですが。笑

全てが自分の主導権で決められる人生が、もう何年も続いています。

最近ではデスク周りをカスタマイズするのにハマっているので、足下にはマッサージ機を設置して、2台あるパソコンの1つは大好きなお笑い番組を流しながら作業する事が大半です。

まぁ作業と言っても、それほど根詰めてやる事は無いので、数時間やればその日の作業は終わりますが。

もっと時間を費やせば、売り上げは伸ばせますが、本来の目的はそこじゃないのでやりません。

サラリーマン時代では、1日終われば次の日の準備をする為に早く布団に潜り込み、睡眠時間を一番優先していましたが、今では自由な起業家の仲間が色々出来て来たので、夜遅くに大好きなラーメンを食べに行ったり、変な夢の話で深夜まで語り合ってます。笑

秘密基地を作ろうだの。

音楽を全部屋でながせるログハウスを造ろうだの。

別荘を借りて、キャンプをして過ごそうだの。

でもこれらは特に夢物語では無く、僕らの仕事は全てネット環境が繋がれば出来るので、やろうと思えば全ては現実可能な夢。

だからこそ、くだらない話をしているときでも楽しく話せるんだと思います。

そんな今、今までの僕の様に、労働に自由を奪われ自分を殺し、日々をなんとか生き抜いている人に、何か僕の経験が生きるんではないか。

と言う事で、自由になる起業家の情報を発信しています。

これまで、自分を殺し続け、自分を大切に出来なかった、以前の自分の様な境遇の人の為に少しでも手助けが出来たらと思い。

最近では、これまでの自由になる軌跡をまとめた書籍「僕の辞書から就職が消えた日」をアマゾンへ出版した所、多くの賛同と賞賛の声を頂きました。

そのおかげで、個人としては異例のアマゾンランキング2部門1位を獲得し、Amazonランキング2冠を達成する事が出来ました。

具体的にどういう道のりを歩んできたのか。

どうすればサラリーマンの副業から、自由な起業家になる事が出来るのか。

初心者が最短で結果を出す為に必要な事とは。

これらの具体的な方法や経緯をまとめた書籍です。

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是非サラリーマン生活を続ける事で、自分を押し殺す人生が嫌だ。と言う方は、少し不思議な、でも現実に十分あり得る自由な生活を見てみて下さい。

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起業と言えど、時間もなく、コネも無く、資金も無い状態から、全て1人でやって来ました。

つまり、限られた才能も無ければ、遥かに遅れたスタートラインからの出発でした。

それでも、自分1人で稼ぎ、自由になる事は誰にでも出来ます。

必要なのは、それをやるのか、やらないのか。

ただこれだけの違いでした。

また電子書籍を読んだ感想をくれた方には、豪華なプレゼントも用意しています。

頂いた感想は、もれなく拝見させて頂いているので、あなたの事も少しだけで良いので、教えてくれると、飛び跳ねて喜びます。笑

是非書籍の中で会える事を楽しみにしています。

P.S.

12時間労働が当たり前のブラック企業に勤めながら、1日1〜2時間の副業時間で、せどり開始2ヶ月目は23万円、4ヶ月目には30万、その後も下がることなく月収65万円稼ぎ、独立するまでに至りました。

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運営者プロフィール

名前:ちゃんこま(※直近の月収+他ASPにて数万)

経歴: 実家で営んでいる美容院が経営悪化により倒産し、父親が自己破産。大学生だった当時、学費が払えず大学を中退し、家族4人どん底生活へ。中退した後、あえなく就職し、工場勤務や営業など様々な労働地獄の波に呑まれる。

ブラック企業の会社員として、12時間以上働きながら始めた副業が、開始2ヶ月で23万円稼ぎだしサラリーマンの給料を超える。さらに4ヶ月目には月収30万円、その後も月収63万円と減ることはなく、サラリーマン時の約4倍の収入を得る。

これまでの経緯やノウハウを電子書籍化した結果、大手電子書籍掲載サイトにて、新着ランキングトップ10位入りの常連と化し、最高位2位を受賞。更に2017年4月にはAmazonに電子書籍を出版し、アマゾンランキング1位を2部門で受賞。見事2冠を達成し大きな反響を得る。

現在は独立しオウンドメディア運営、情報ビジネス、webマーケティング関連など様々な事業を展開。節税の為に法人化するか現在検討中。

会社に雇われなくとも,自由に生きて行ける」をモットーに、誰にも雇われない人生を送る。更に今後活躍が期待される注目株。

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