なぜ会社の為に働く?なぜ見ず知らずの人の為にそこまで頑張れるの?

なぜ会社の為に働く?なぜ見ず知らずの人の為にそこまで頑張れるの?

今ボクがプレゼントしているAmazon一位獲得の書籍を読んで、そんな疑問を持ったYさんから、素敵な感想を頂いたのでご紹介しておきます。

 

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Yさん

「会社に雇われずに自由に生きる為の1つの方法」を読ませていただきました。

 

この書籍を読み、印象的であった部分があります。

冒頭の「子供の頃描いた、宇宙人と戦うヒーローではないけれど、身近な家族だけで良いから守りたかった。」という部分です。

 

僕自身の生育環境は、ちゃんこまさんが経験なさってきたような環境からは程遠いようなもののなずなのですが、僕にはこの引用部分に不思議と惹かれました。

目に見えない誰かのためにがんばりたくない、僕は僕を大切にしてくれる誰かのためにしかがんばりたくない。

このように言うと、人間性を疑われかねないのですが、二十数年生きてきた中で僕が感じる僕自身を構成する大きな一部がこれに当てはまるように思えます。

 

会社のために働く。なぜ?なぜ見ず知らずの人のためにそこまで頑張れるの?いつも疑問でした。僕の周りの同僚達の答えは、会社で働くこととは、「会社が良くなることは自分達にとっての嬉しいことである」でした。

確かに、自分の属している集団が、自分が働くことで利益を被ることは嬉しいことなのかもしれません。

ワールドカップで熱烈なサポーターが無心に応援を続けている様子を見ていると、そのように感じます。

 

しかし、僕の場合そうではありません。

もともと帰属意識というものが薄いのか、集団の喜びを自分の喜びとして受け取ることが苦手です。

語弊がないように付け加えますと、僕は決して他人の喜びに共感できない人間ではありません。

 

ただどうも、大きな集団の中にいる時に感じるあの「多の中の一」の感じが苦手らしく、大勢が喜んでいる横で一人白けてしまうことが多いです。

きっと自分がそこにいなくても問題はないと感じてしまうからだなのだと思います。

 

逆に、小さな集団の中にいる時の僕はそのように感じません。

そこには確かに自分はこの集団の一部であるという一体感を感じることができます。

それはきっと僕がその集団に「求められている」と感じられるからだと思います。

 

会社のために働くとは僕にとって、「多の中の一」として活動していくことを指します。

僕がそこにいる必要性というのは特になく、僕の存在が欠けたとしても特に問題はありません。また新しい人間を補充すれば済んでしまいます。

しかし、僕を求めてくれる小さな集団ではそうはなりません。

 

僕は僕であり、その集団を構成する一部として必要とされる存在となります。

そして、その小さな集団とは僕のことを想ってくれている家族や恋人、友人達のことを指します。

僕は僕を必要としない誰かのためにがんばって働こうとは思えません。僕は僕を必要としている人のためにしかがんばれません。こんな気質が僕の中には備わっています。

ちゃんこまさんの書籍を読ませていただいて感じたこと、というより喚起させられたことが上記のような事柄となります。

 

そして、このような気質を持つ僕は、会社に雇われることなく自分の力でお金を稼ぎ食べていく能力を持っているちゃんこまさんを素直にすごいと感じました。

自分の体と頭を使い、会社という束縛を抜け出して自分のしたいことをしているちゃんこまさんに自分もこのようになれたらと感じました。

会社に勤め、働き続けることに抵抗を感じている僕にとってこのような生活モデルはまさに理想に近いものがあります。

必ず自分のものとして、いつか会社に勤め続けなくても大丈夫であると思えるよう、ちゃんこまさんのブログ、メルマガで得られる情報を一つ一つ吸収し、精進していきたいと思います。

乱文失礼いたしました。

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スゲェよく分かる。

Yさん。素敵な感想をありがとうございます。

 

多の中の一。集団の中の冷めた自分。なぜ会社で働かなくちゃ行けないのか。

ボクも一番疑問に思っていた点でした。

 

最近は、よくニュースになる過重労働による自殺。

でも、社員が自殺ほどした環境なのにも関わらず、次の日からも何も変わらず会社は運営して行く。

そしてそこで働く社員も何も感じずに、日々が過ぎて行く。

これは多の中の一と言う存在でしかなくって、そして「だれにでも代替え可能な歯車の一部」ということを感じざるを得ない自体とボクは思っていました。

 

会社で働くこととは、生きる為に働いている。

正直、家族や身よりの人、そして自分が生きて行くのに困らないほどの食料が毎日届けられるのであれば、働こうなんて思わない。

ましてや見ず知らずの人の利益の為に、身を粉にして働こうなんて、みじんにも感じない。

結局は、自分が生きるため、近しい人と寄り添う為にお金が必要だけで、その為に働くに過ぎない。

 

歯車の一部として働き通したその会社は、万が一があれば、クビを切られるかもしれないし、死んでも何にも感じないアンドロイドのような存在に、何かしようなんて毛頭にない。

だからボクは会社で働かなくても生きて行ける道を選んだ。

 

もちろん、子供がいう戯言のまんまじゃいけない。

「なぜ働くのか」と言う答えに、アンチテーゼを投げかけるだけで、何もしないのであればそれはただ働くことを放棄しただけの存在になってしまう。

じゃあどうすれば、会社と言う多の中の一の歯車として働かなくて済むのだろうか。

そんな経緯からできた書籍が「僕の辞書から就職が消えた日」でした。

 

万人に受けようなんて思って書いたものじゃない。

自分自身で稼ぐ力を身につけるなんて、今の日本の社会の仕組みからすれば、邪道。

従順に働いてくれる歯車が居なくなる恐れがありますから。

 

一部の人にだけ、伝わってくれればいい。

今の社会での働くということ、労働ということに疑問を持っている方にだけ、内なる叫びと、そこで搾取され続けた悲鳴が聞こえればいい。

そんな想いで出版して、今は無料でプレゼントさせて頂きました。

 

それでも、そんな想いの丈がYさんのような方に多く届き、Amazon書籍ランキングでも2部門で1位を獲得することができました。

本当に嬉しい限り。

 

なぜ会社の為に働く?なぜ見ず知らずの人の為にそこまで頑張れるの。

ボクも全く同じ気持ちで、なぜ見ず知らずの人の為に、自殺するまで追い込まれなくちゃ行けないのか。なぜ会社で働くことで、自分の人生のそのほとんどを捧げなくちゃいけないのか。

そんな社会の労働に対する、ボクの抱いていた想いをストレートに読み取ってくれたYさん。

素敵な感想をありがとうございました。