反対を押し切ってでも副業はしておけと、あのときのボクに伝えたい

会社に副業を反対されている。

家族に副業を反対されている。

 

色んな理由で、副業に対する反対意見が飛び交いますが、ボクはそんな反対を押し切ってでも副業はするべきだと思う。

というかまあ、するしないは個人の自由だし、ボク自身は「やりたいなら、やった方がいいし、やりたくないのなら無理に進めない」

そんなスタイルですが、反対を押し切ってでも副業はすべきというのは、あの時のボクに伝えたかった言葉でした。

 

地面に落ちていた1枚の紙が地獄へ突き落とした

 

サラリーマンになる少し前。

親の美容室が潰れ、家に借金だけが残り、学校は中退。

住んでいた家も競売にかけられ、ボクたち家族は何もかもを失った。

 

そして学校を中退してから、なにげなしに就職してなったサラリーマン。

でもそれは、決してサラリーマンに成りたくてなった訳じゃなく、周りの意見に合わせてなったサラリーマンでした。

 

そこで勤めて来た仕事はどれも健全なものとは言えず、思い返せば労働基準法を逸脱したブラック企業。

そういった数々の過酷な日々はこちらで詳しく書いているので、割愛しますが、その中でも気がかりだったのが給料。

 

ブラック企業はサービス残業を何とも思っていない。

タダで働いてくれる人や時間。それがサービス残業というもの。

口答えせず、サービス残業をしてくれる社員は宝だ。そんな風に思っていたように思う。

 

1日の大半を仕事に捧げても、給料は18万円程度。

物価の高い東京や神奈川の関東地方では、ご飯代も1000円を平気で超してくるから、とてもじゃないけど、生活して行くことはできなかった。

コンビニでのカップラーメンが当たり前だったし、少し豪勢な日はパンがついた。

 

でも心のどこかで、「頑張っていたら、いつか楽になる」

そんな希望を持てたから、続けることができた。

 

 

そんなある日。

いつも通り、家畜を運ぶかの如く、息苦しいぎゅうぎゅうの詰めの満員電車をやっとこさ乗り継ぎ、到着した会社。

ロッカーに付き、いつも通り着替えを済ませようとしたとき、地面にある紙袋が落ちていました。

 

ふとみてみると「○○様」と書かれている紙。

ボクはいつもそれをみてため息をついていたので、その紙が何の紙なのかすぐ分かった。

「給料明細」だった。

 

「○○様」と書かれた給料明細は、当時ボクよりも20個以上も年の離れた上司のものだった。

その紙を反対に向けてみると、ご丁寧に3つ折りされていて、中には数字が羅列してある。

先月の給料がそこにはあって、額をみたとき愕然としました。

 

20歳そこそこのペーペーのボクとほとんど変わらない額。

その給料が20歳を超えた上司の給料明細に書かれていました。

 

 

そのとき、これまで背筋を伸ばして、手を伸ばそうとしていた希望らしきものは、儚く散って行きました。

「あぁ。この先20年間もこんな人生が続いて行くんだな。」って。

 

あのままサラリーマンを続けていたら、死んでいたと思う

 

会社や家族、周りに副業を反対されているのなら、しなければいい。

そんな反対を押し切って進めるものじゃないし、そんな想いでやっていたとしても稼げっこない。

でも当時のボクからすれば、それはある意味、死を意味していたように思います。

 

普通は高校か大学を卒業する間際、漠然と進路を考える。

そしてそのやりたいことに近しい就職先を見つけて、志望動機を無理矢理ひねくりだす。

でも、心してやりたいこと、又は心して入りたい会社とかじゃなくって、ただなんとなく「現段階では、一番それが近いから」で入社を希望する。

 

当然そのとき漠然と決めたやりたいことが、10年後、30歳を超えたときに、同じことをやりたいと思っているかどうかは分からない。

いや。10歳のときにやりたいと思っていたことが、大学卒業のときにやりたいと思っていることが違うと考えたら、当然食い違ってくるに違いありません。

 

そんなとき「あぁ。あのとき漠然と決めた進路が、この先ずっと続く電車なんだった」っと初めて気がつきました。

だから、ボクはその道を絶対に行かないように、雇われて一生続く電車から途中下車するように「自分で稼ぐ力」を身につけるしかありませんでした。

それが副業への道のはじまり。

 

 

ここより先はよく、「そんな副業から今はハッピーライフで、毎日バカンスです」

「今日も豪華クルーザーでパーティーでした」

「そんな最高な毎日を過ごしたいならあなたも○○ビジネスを一緒にしましょう!」

なんてお決まりの誘い文句が飛びますが、ああいうのは反吐が出る。

 

幸い雇われる必要は無くなって、当時もらっていた会社からの給料とは比べられないぐらい振込まれるようになったけど、生活は至って質素。

ラーメンが大好きで、家系ラーメンをよく食べてるし、友人とチェーン居酒屋で朝まで話すだけで、もの凄く幸せを感じる貧乏体質。

 

それでも、あのブラック企業の毎日の日々をお想い出せば、最高な毎日です。

多分あのままサラリーマンを続けていたら、ボクは終わっていたと思う。

 

反対されて迷うぐらいなら、やらなければいい

 

基本的には、やるやらないは個人の自由。

やる気がないなら無理にはやらない方がいいと思うし、やりたいなら頑張れってエールを送る。

 

副業を反対される大きな理由は、本業に身が入らない。または会社を辞められては困る。

この2つが多いと思います。

 

反対される理由の本業がおざなりになって、身が入らなくなる。については、会社側が副業を禁止する、そのダメな理由がぼくには謎過ぎる

この記事で詳しく書いていますが、端的に謎過ぎる。

 

本業は本業として、給料をもらっているから、おざなりにするのは問題有りかもしれないけど、そこを両立していれば会社外の時間を、会社からとやかく言われる筋合いはない。

そう思います。

現に最近では、副業をおすすめしている企業や会社さえあるくらいですから。

 

反対される理由の「会社を辞めてもらっては困る」というのも、理由にはならない。

そもそも、辞める辞めないは個人の自由だし、終身雇用なんて、とうの昔に終わった文化。

副業しようがしまいが、辞めるときは辞める。

企業が副業を進めない理由はなんとなく分かりますが、抑止するために反対するのは意味が分からないと思います。

 

 

あのまま会社員を続けていたら、どうなっていただろう。

本当にふと、こう思うときがあります。

 

もちろん今の会社が楽しい、仕事にやりがいを感じる。給料に不満なんてない。

そんな方はそのまま続ければいい。

 

でもボクは決してそうじゃなく、なんとなく乗ってしまった電車が暴走した。

それがサラリーマンだったというだけ。

だから、あの時のボクに「反対を押し切ってでも自分で稼ぐ力をつけろ」と、今だったら間違いなくエールを送りたい。

そう思うんです。

 

当然、向いている向いていないはあるし、副業なんてする必要がない人が居ることも重々承知している。

そうではない人へ「反対を押し切ってでもやった方がいい」とエールを送りたい。

そう思います。

 

 

終わりに

 

オレが下っ端のときは、上司に体で教え込まれた。

だからお前にも同じ風に指導してやる。

そんな風に、自分が○○だったから、お前も○○しろ。と強要しようとする人が居ます。

 

よく「最近の若い奴わ。だらしねぇわ」

そう言う口癖の人に多い印象。

こういうのって聞いていて結構腹立つ。

 

「最近の若い奴は」と、自分が若いときに言われたから、自分も年老いたときに「当てつけ」で下の年代の人に言っている。

結局こういう人は、自分が苦労した分、相手にも同じことを経験させたい、と願っている人が多い。

 

そんな人が副業を反対しているなら、尚更聞く必要がないと思います。

結局自分の好きにしたらいい話だと思いますね。他人の意見なんて聞く必要ないと思います。