飽きっぽい性格を改善する方法を知ったよって話。

今回はタイトルにある通り。

飽きっぽい性格を改善する方法を知ったのでそれをシェアしていこうと思います。

その方法っていうのが、「見方を変える」ということ。

これもエビデンスベースで話しているので、まずその根拠を伝えておきます。

根拠

この見方を変えるということの根拠となっているのはミシガン大学の研究によるもので。

このミシガン大学では、高級車と普通車のオーナーを集めて、とある質問をしてみるという研究を行いました。

その質問というのが「最後のドライブなどうでしたか?」というような、オーナーに対してドライブの感想を聞くというもの。

普通であれば、高級車に乗っている人の方がドライブに関する満足度は高く、普通の車に乗っている人の方が満足度は低いという風に考えがちです。

ただこのミシガン大学の研究によってわかったことは、4万ドルの車のオーナーであっても、400ドルの車のオーナーであっても、満足度はほとんど変わらなかったという研究結果が出ました。

要するに、高級車だろうが、普通の車だろうが、そこへの満足度は特に変わらず「慣れ」によって憧れであった高級車が「普通の車」と化してしまったため、満足度が変わらなかったということが判明したのでした。

ただ一方で。

もう1つ別の質問をして、今一度同じ「最後のドライブの感想」を聞いてみたところ、高級車を持っているオーナーの満足度が上がったということが判明したのです。

その質問というのは、「その車はどういう車種ですか?」という質問をした後、最後のドライブの感想を聞いたところ、普通の車を乗っているオーナーよりも、高級車のオーナーの方がドライブに対する満足度が高まったということが、このミシガン大学の研究によって明らかになったことでした。

解説

つまりどういうことかっていうと。

この研究によって2つの側面が見えてきます。

1つは「物事は喉から手が出るほど欲しいものであっても、人は慣れてしまう」ということ。

そしてもう1つは「飽きっぽい性格の治し方」

上記で伝えたミシガン大学での実験ではこの2つを証明してくれた実験でした。

まずは前者から。

このミシガン大学の研究では、「高級車のオーナー」ということで被験者として対象にしたわけですが、高級車ということであれば、誰しもが買う前は恋い焦がれ、車に対してリサーチをして、その高級車を買うに至ったわけです。

ただ時の経過により、恋い焦がれたはずの車でも「慣れ」が引き起こり、満足度は満たされなくなった。

つまり、どれだけ楽しいことや欲しいものであっても、人間というのはいつしか慣れてしまう生き物だということ。

飽きっぽい性格というのは、ある程度の個人差はあれど、人間の修正として至仕方ないものであり、「人類皆飽きる」のです。

ですから、飽きっぽい性格の人もそこまで落胆する必要はなく、人間は飽きる生き物だということを知っておくと多少は楽になるかもしれません。

ただ、面白いことに人というのは「楽しいことや好きだったこと」に対しても、秋を感じてしまう生き物。

辛いことや、苦しいことに慣れていき、楽になれるのなら、それに越したことはないですが「楽しいこと」に飽きっぽいのはそれはそれで辛いことです。

だからもう一方の、「飽き性対策」を知る必要があるわけですが、これもミシガン大学の研究をよく観察してくると見えてきます。

改善方法

先ほど紹介したミシガン大学の研究ですが、最後のドライブの感想を聞いたところ、普通車のオーナーも高級車のオーナーも、両者の満足度に変わりはありませんでしたが、「その車はどんな車種ですか?」という質問を挟んだところ、高級車のオーナーの方が満足度が高まったということをお伝えしました。

つまりこれが飽きっぽい性格の人の改善点であり、それこそが冒頭に伝えた「見方を変える」ということです。

これを「スポットを変える」という風に言われたりもしますが、要するに「楽しかった記憶」を物事の見方を変えることによって呼び覚ますことができるということ。

だからこそ、高級車のオーナーは、たった1つの質問を挟んだだけで、満足度が高まったわけです。

実生活においては、楽しいことに関して「ご褒美」にするというのも、1つ見方を変える方法でしょう。

効果

このことを知った僕は結構実生活の中に取り入れています。

それこそ僕自身本を読むことだったり、学習することが大好きなのですが、「今から自由に本を読んでいい」と言われてしまうと、逆にやる気がなくなったりしてました。

「いつでも読めるから、今じゃなくていいや」

多分この感覚って誰しもにあると思います。

それに僕は元来飽きっぽい性格。

だから、学ぶことや知らないことを知ること、できないことができるようになることが大好きな自分であっても、そこに「飽き」が生まれてしまうことを身を以て体験してました。

だからこそ、「やらなきゃいけないタスクを終わらせたら、ゲームをしていい」だとか。

「目標を達成したら、旅行に行っていい」というように、僕の中でご褒美にしてみたところ、やっぱり価値は増すように感じます。

それこそ旅行に関しては、いつ何処へだって行けるようになってしまったばっかり、「逆に価値を感じない」という風に思い込んだこともありました。

それをご褒美にすることによって、見方を変えることができるため、再度価値を見いだすことができるようになったということ。

応用方法

さらにもう1つ。

見方を変える方法として僕が応用しているのは、元来飽きっぽい性格だからこそ、同じことを同じようにしていくのがめちゃくちゃ苦手。

だからこそ、「毎日の繰り返し」で飽きが来たと感じ始めたら、色々と思考して飽きない様に改善を常に測っています。

これは僕のような飽きっぽい性格であれば、めちゃくちゃ効果的。

ここにたどり着くまでには、やっぱり人間は慣れが唯一の安心だったりするので、結構なパライダイムシフトが必要ですが、「変化に慣れる」ことができれば、それこそ飽きは引き起こりません。

例えば、ついこの間も、瞑想なんかも結構最近取り入れてますが、公園なんかでやるようにして、マンネリ化を防いだりしてます。

しかも普通に体にアリとかがよじ登って来たりするので、めちゃくちゃ忍耐力が鍛えられる。

あとこうやってブログを書くのに、いつものカフェじゃなく、行ったことのないカフェに行ってみたり。

(実際に今この記事を書いている瞬間も、いつものカフェじゃない場所で書いてます。)

このように、飽きっぽい性格だからこそ、それをうまく使い「改善を図り続ける」ことで、飽きを防ぐことができ、なおかつ成長できる。

終わりに

つまり楽しいことに飽きてしまう場合は、それをご褒美に。

さらにやらなくちゃいけないタスクに飽きて来たときは、変化を加え飽きに対応する。

このように飽きっぽい性格を直すのが重要なんじゃなく、飽きっぽい性格を利用してしまうということが大切だということです。

そうすれば、常に進化し続けられ、満足度も高まっていくということ。

飽きっぽいということは、ネガティブな現象ではなく、これ以上ない素質だということなんだと思います。