会議って無意味だし、必要ないなって実感した話。

僕が会社員だった頃から、特段に会議が嫌いでした。

多分あれってほとんど意味をなしてないと思います。

最初は、「売り上げを上げる為には」だとか、「問題点を改善する為」だとか。

目的に沿って、会議は進んでいくわけですけど、時間が経つにつれて、その目的からは逸れていきます。

んで。目的が「自分の意見を通すこと」にだんだんシフトしていく。

でも、そういう会議に参加する人たちっていうのは目的がシフトしていることには全く気づいていないので、他人の意見に「それは違う」だとか、「それは無理がある」だとか、否定的な意見を言っていく。

僕が思うのは、否定をするのならば、代案を出せ。

代案も出さないのに、否定だけするのは、勝手すぎる。

そう思います。

別にこれは会議とかビジネスシーンだけにかかわらず、日常でも起こってきます。

最近でも、僕の身の回りでありました。

というのも最近、「また旅行をしよう」ということになり、旅行を計画しました。

「自然を堪能する」ってことだったんで、静岡県へ行くことが決まり、宿も予約しました。

僕は身の回りの人たちがネットビジネスに取り組んでいるというわけではなく、友人は普通のサラリーマンをやっている人が大半なので、僕の方が圧倒的に時間に余裕があるので全ての予約をしておきました。

要望だけ聞いて、アクションするのは自分。

そんな状況の時、旅行1週間前になって、旅行に行くメンバー四人で、ご飯を行くことになり、そのご飯を食べている最中に、自然と「何を持って行こうか?」や「あっちにいって何をしようか?」という談義に花が咲きました。

あるメンバーは「釣りがしたい」という風に言ったり。

あるメンバーは「パラグライダーがしたい」という風に言ったり。

いろんな意見が飛び交います。

僕は「ウンウン。いいね!」と頷き、皆がやりたいことをやって行くのが一番だと思っていました。

そんな談義の最中に、ある2人のメンバーが、「こっちから何を積んで行くのか?」

で、少しづつ意見が食い違い、多少ヒートアップしていったんです。

ここではわかりやすくAとBにしておきます。

A:「こっちから何持って行く?俺BBQとかもやりたいから、BBQセットも持って言った方がいいと思うんだよね。」

B:「いや。積めないでしょ。こっちから持って行く荷物もあるし。

BBQするっていっても飯は旅館にあるだろうし、道中行きながら食べることもあるだろうし。

BBQセットはいらないと思う。」

A:「いやいや。荷物なんて男だからそんなないし、詰めるわ。飯だって、外で食った方がうまいし、道中に食えるとは限らないでしょ。」

そんな風に、AとBは言い合いになり、だんだんと加熱して行きました。

本来の目的は、「旅行を楽しむための話し合い」です。

そこでAはBBQを提案した。それに対してBは反対した。

そこから徐々に、目的は「旅行を楽しむため」というものより、「自分の意見を通すこと」が目的にすり替わって行きました。

こうなって行くと、自分の主張を通す為に、いろんな否定の言葉が飛び交います。

「BBQは荷物が多すぎる」

「食材はどうするんだ」

「時間があるとは限らない」

自分の意見を通す為には、こう言った否定の言葉が飛び交うわけですが、本当の目的である「旅行を楽しむ為」の会話からはどんどんと離れて言ってしまいます。

すると途端に、この会議は全く意味のない時間と化すわけです。

こう言ったことが、個々人であっても、企業であっても、往往にして起こるし、当事者たちは、目的がすり替わっていることに全く気がついていないので、話はどんどんと平行線をたどります。

だから僕は、こう言った無駄な時間を要する会議が大嫌い。

僕はもっと楽しい旅行の計画がしたいだけであって、「BBQのスペースがあるか否か」なんて議論はどうだっていいんです。

この話し合いも、「ウンウン」とうなづいていたわけですが、途中から目的がシフトして言って、少しづつ当人の「けなしあい」が始まりつつあったので、間に入りました。

「2人は何でも揉めようとしてんの?」と。

「正直2人の会話にはゴールがない」と。

「もう一度本当の目的に立ち返りな」と言った瞬間に、2人は少し頭が冷めたようでした。

(僕があまりこういうことをいうタイプではなかったのでそれもあるのかと)

2人共、頭が冷えたのがわかった瞬間に、僕はこう代案を提案しました。

「俺らが今話し合っている目的っていうのは、旅行を楽しむための計画を話し合うのが目的でしょ。

「お前は間違ってる」とか、否定することがこの話し合いの目的じゃない。

楽しむことに正解も不正解もないわけだから。

それでいうなら、BBQは楽しむための1つのアクティビティだと思う。

それに対してBは、「持っていけない」だとか、「スペースがない」とかいうけど、Bがはっきりしないといけないのは、BBQが嫌かどうかの部分。

Bが嫌なんだったら、四人が楽しむっていうこの話し合いの目的から逸れるわけだから、BBQは辞めればいい話だし。

もし仮に嫌じゃないんなら、「どうやったらBBQセットを持っていけるのか」を考えた方が早い。

2人がやってるのは、「俺の方が正しい」っていう主張の言い合い。

これじゃ、ゴールが見えないよ。

それこそ、BもBBQが嫌じゃないのなら、スペースが空く限り、BBQのセットを優先順位が高い順で持っていってさ。

そうしたら、豪華なBBQはできないかもだけど詰める分の中でできる限りのBBQをしたらいいじゃん。」

そんな話をしました。

そうして、Bは「BBQが嫌なわけじゃない」ってことが判明したので「BBQに必要なものを最低限持って行く」ってなことで、次の旅行の計画が次第に決まって行きました。

これって、当事者じゃない他人が見たら、結構当たり前の結論に至ったって印象だと思います。

側で見てた僕も「こうすりゃいいじゃん」って普通に思ってました。

でも、当事者同士は、加熱して行くことによって、目的を見失い、「自分の方が正しいんだ」って主張の押し合いになっていることに気づかないんですよね。

だから、「みんなで出し合った意見」って、全くもっていいアイディアにはならない。

これはホリエモンも言っていたことですが、「組織が機能するのは、一見独裁に見える優秀な上司数名が、意思決定をする組織が機能する」という風に言っていました。

これって僕は間違い無いと思いますね。

「こうしろ!」「ああしろ!」

って言われると、ある意味独裁的に見えるし、横柄な人にも思える。

だから、こういう人は得てして嫌われる傾向にありますが、その企画改善案に核心がつけているのであれば、十分に機能しますし、目的に逸れることはないので、純粋に目的達成に向けて
組織は動き出します。

一方で、みんなで「こうしていこう」って組織は、「みんなが折り合いをつけた妥協点」であるアイデアなことがほとんどなので、全くもって意味のないアイデアだったりします。

嫌われないけど、核心ついていない組織。

そんな仲良しこよしの組織が機能するわけありません。

んで。

今って日本はGDP2位になって以降、下降してきていますが、トップは常に変わらずアメリカです。

このアメリカの企業体系は、まさしく上位少人数で意思決定を下します。

一方で日本は、個人で責任を負いたくないため、仲良しこよしになって「皆で」意思決定をします。

この差が、GDPに現れていると言っても過言じゃない。

よく日本では「優秀なリーダーが生まれない」という風に言われたりしますが、「ああしろ!」「こうしろ!」と意見する優秀な人を「独裁的だ」と否定することに類似していると思います。

もちろん「高圧的な態度」なのは絶対にいただけませんが、意思決定ができない上司も真っ当に問題だと思います。

もっと少人数で意思決定を行い、舵を取ってもいいと思います。

ってかそっちの方が組織はうまく稼働します。

旅行でも、もちろん大人数で行くのは楽しいですが、僕は少人数派ですね。

僕は一人旅が全然苦じゃない方ですし。少人数の方が断然楽ですね。