今回はタイトルにある通り。
「自己犠牲」に関して、面白いことを知ったので、それをシェアしておこうと思います。
僕どっちかっていうとそっちのタイプなんですが、お願いされると断れなかったりするタイプ。
もちろん嫌なことは頑張って断るけれど、減量中に「今日ご飯いかない?」なんて言われるとめちゃくちゃ悩む。
あと「ゲームをやろう!」って思ってたのに、「今日飯いかない?」なんて言われると、決めてたことなのに簡単に揺らいでしまう。
(飯ばっかだなw)
まあ、これらはかなり単純な話で、別に自己を犠牲にしているわけではないですが、「自己犠牲」としてどこまで我慢すれば、人は不幸になるのか。
その答えが科学的に証明されていたので、今回はそれを紹介しておきます。
結論から伝えてしまうと、「実際に自分を犠牲にする行為」を取った段階で、人は不幸になることが分かっています。
自己を犠牲にすると起こること
これは2020年にアムステルダム自由大学が行った研究で。
この論文では、先行研究82件の中から、32053人の人を対象にメタ分析を行いました。
メタ分析っていうのは、簡単に言えば、論文をさらに調べる的なやつで。
銀行の銀行が日本銀行だとすると、論文の中の論文がメタ分析って感じですね。
その中で「カップルにおいてどれぐらい自己を犠牲にすると不幸になるのか」といった調査を査読していきました。
このメタ分析によって、主に3つのことが浮かび上がってきました。
まず1つ目が、「自分を犠牲にしてでも相手に尽くす」という間柄のカップルは「良い関係性になりやすい傾向」にあることが分かりました。
ただ2つ目が面白くて。
2つ目に分かったのは、「自己を犠牲にする行為」を行ったとたんに、その行動を行った当人の「幸福度は下がる」といったことが分かりました。
そして3つ目に分かったことは、「男性よりも女性のほうが幸福度の低下は高い」ということでした。
つまりね。
言葉として「自分を犠牲にしてでも尽くすよ」ということを提示したほうが、関係性はよくなります。
ただ実際に自己を犠牲にしていけばいくほど、我慢した本人は不幸せになっていく。
その我慢というのは、男性よりも女性のほうがダメージは大きい。
そんなことがこの研究では示唆されたんですね。
なぜ自己犠牲をすると幸福度は下がるのか
ではなぜ、自己を犠牲にすると幸福度は低下するのか。
、、、ってことを解説しようと思ったんですが、大体想像つきますよね。
自分を犠牲にして、相手に従えば、当然ストレスはたまるし。
我慢することで、行動を制限されてはストレスが溜まります。
なんとなく、うまくいかないことは想像できる。
ただ一応研究者のコメントを要約しておくと。
「自己を犠牲にするという思いによって、両者の関係性はよく保たれる。しかし、相手に合わせすぎて自己を犠牲にすることで、自分の不幸も呼び寄せてしまう。それは避けたほうがいい事象だ」
簡単に言えば、こんな風に伝えています。
つまりは、相手に合わせる意思表示や尽くすという思いは大事だが、「想い」だけを受け取って、行動では「犠牲にさせない」といった思いやりが重要だ、ってことですね。
日常生活における活用方法
んでね。
このアムステルダム自由大学の研究は「パートナー」における研究です。
ただ。
これは人間関係全般に言えてきます。
上司や友人、家族や親せきなど。
いろいろな人間関係においても同じことが言えます。
例えば、友人との間柄で。
「ちょっとお金貸してくんない?」っていわれた場合。
お金を貸すのは嫌だけど、断るのは、それはそれでいやだ。
そんなシーンって日常で結構あると思います。
でも思い出してほしいのは、「相手に尽くすということはいい関係性を作るが、相手に尽くし自己犠牲をすることは自分の不幸につながる」ということ。
相手を思いやる気持ちは大事だが、そのせいで自分を犠牲にしていいはずがない。
それならば「お金は貸せないけど、貸せるような人を見つけるよう手助けしようか?」ということを返してもいいかもしれない。
(お金の貸し借りの是非は置いておいて。)
この記事でも伝えているけれど、自分を犠牲にすることのない金額での募金は自身の幸福度を高めます。
裏を返すと、「イヤだな」と思った金額は、自分の犠牲を伴っているため、不幸を招く。
それ以上の金額は、払うべきでないわけです。
友人や家族などを大切にすることは大事だけれど、一番大事にしなければいけないのは「自分」
そうした優先順位を見抜くことが重要になってくるわけですね。
あとカップルやパートナーでも使えることですが、心理学的に「自分の感情をそのまま伝える」ということが、やはり効果的であることが証明されています。
今回紹介した研究の1つ目の事実の応用ですね。
その際に大切になってくることは「相手に要求しない」という点。
これも今回のアムステルダム自由大学の研究に通じてくることです。
例えば。
同棲していて「相手が家のことを何もやってくれない状況」だったとします。
普通は「何もやってくれない」という状況に対して「掃除して」だとか、「皿洗って」という風に相手に要求してしまいます。
ただこれは相手側にとっては「自分の時間を犠牲にする」という自己犠牲に入ってくるかもしれない。
そうすることで、互いの関係性は悪くなる一方。
だからこそ相手に要求するのではなく、「自分の気持ちや感情を伝える」こと。
部屋が汚くて嫌なのであれば「部屋が汚れちゃって私は嫌だなぁ」って。
「私はすぐに食器を洗いたいんだよね」って。
もしかするとパートナーも手伝う気持ちはあるけれど、「たまったらやればいい」って思っているタイプだったのかもしれない。
そうだった場合に、「俺はたまってきたらやればいいかなって思っちゃってたんだよね。ごめんね」と相手の思っていることがくみ取れるきっかけにつながる。
こうすれば自分を犠牲にすることなく、そして相手も犠牲にすることなく、両者が「自発的に」行動するようになる。
だからこそ「相手に要求しない」ということが大切になってくるんですね。
これは心理学でよく言われるテクニックです。
アムステルダム自由大学の研究での「尽くす」という思いはいい関係性を作る、ということにつながってくる話ですね。
実際にやってみた結果
んでね。
このアムステルダム大学の研究を知ってから、結構な時間が経ちました。
まぁ、この研究を知ってから実践した部分も多くある一方で、少し前から「もう自分を犠牲にして、他人の顔色を伺ったり、自分を蔑ろにするのはやめよう」って思ってたんですよね。
だから、このアムステルダム大学の研究が目に止まったっていうのもあったと思います。
自分を大切にする方が大切
んでね。
実際のところどうだったのかっていう、効果と検証の結果を伝えていく。
結論から言えば、自分自身の幸福度は上がったように思いますね。
なんか僕の性格として、自分が犠牲になったとしても、相手とか周りが楽しめればそれで良いやって思ってたんですよね。
例えば、バーベキューなんかをやるってなったときに、僕お酒飲まないんですね。
だけど、バーベキューってみんなで肉とかお酒と買って、割り勘するじゃないですか。
食べ物代はもちろんお金は出す気持ちしかないんですけど、一滴も飲まないお酒代を出す意味がわかんなかったんですよね。
ただ、その時もやっぱり、「周りが楽しいのなら、余計なことは言わないでおこう」という感じで、ある種我慢して、自己犠牲を払ってきたんですよね。
不満を伝えても悪影響はない
そんなあるときに、またみんなで集まって飲み食いする場面があったんですよね。
そのときに、勇気を持ってお肉や野菜などとお酒とは別々で払うことを提案して、一滴も飲まないお酒代を払わない旨を伝えたんですよね。
ある種自己犠牲するのをやめて、自分を優先した瞬間でした。
こんなこと言ったら嫌われるのかなとか、楽しい雰囲気を壊すのかな、なんで思ったんですが、全くそんなこともなくって。
「確かに一切飲まないわけだから、当たり前だよね」ということで、別々で払う事に了承を得たんですよね。
このときに、自分を犠牲にして良いことってないし、不平や不満を伝えてもそこまで関係は悪化しないってことを知りました。
(もちろん同性が多かったことも原因としてあると思いますが)
なので、自己犠牲をして、周りのためにっていう気持ちも大切だと思うんですが、それ以上に自分を大切にすることって大事だと思います。
なおかつアムステルダム大学にあった、自己犠牲を止めると幸福度は上がるっていうのも、間違いないなぁって感じましたね。
今まで大切にしてなかったってわけじゃないんですが、これからはもっと自分を大切にして行こうと思いますね。
まとめ
そんな感じで、日常生活での応用方法を少し解説していきましたが、長くなってしまったので最後にまとめておくと。
相手に尽くすという思いは、良い関係性を作るが、相手に尽くし自分を犠牲にすると、幸福度は下がる。
その傾向は男性よりも女性のほうが高い。
対策としては、お願い事や頼み事は、自分を犠牲にしない範囲ですると決めること。
一番大切なのは、自分自身であり、自分が犠牲になっていないから相手に尽くすことができる。
もし仮に相手が犠牲になり自分に尽くそうとしてくれるケースがあっても「想いだけ」受け取っておくと関係が長続きする。
また、トラブルなどが起こった際にも、相手に要求することなく、「自分はこう思っている」と感情を伝えあい「理解する」ことが大切になってくる。
まとめるとこんな感じですね。
上記記事でも解説していますが、我慢すればするほど、爆発します。
我慢はしてはいけませんし、自己犠牲もしてはいけません。
ぜひ参考にどうぞ。